何と呼ばれているか - タイ社会の人間関係 北タイにかぎらず、タイ系民族の社会というのは、一種の「汎家族社会」である。 「家族社会」であるからには、「親」がいて、「子」がいて、「兄弟姉妹」がいる。 「縦の関係」は「親子」であり、「横の関係」は、「兄弟姉妹」ということになる。 「兄弟姉妹」関係にも、年齢によって上下関係が意識されるので、正確に言うと、タイ社会の人間関係は、かなり厳格に「縦の関係」に縛られている社会ということができる。 「親子」、「兄弟・姉妹」関係というのは、肉親に使われることはもちろんだが、一般的には、 当事者同士が認め合うことによって、「擬制的肉親関係」が成立し、肉親に準じた人間関係が出来上がることになる。ときには、「肉親」以上の親密な関係になることさえあるらしい。「汎家族社会」の所以である。 「兄弟姉妹」関係を、「ピー・ノン・カン」という。ちなみに「親戚関係」を「ヤート・カン」という。 タイは、現代の日本とは、比べものにならないほどに、人付き合いは広く、親密で、実際の肉親関係とは別に、親子関係、兄弟姉妹関係が成立する社会である。 一人で、同時に数人の「父」や「母」を持つものも、珍しくはない。 「国王」は、「ナイルォン」とか「プラチャオユーフア」と呼ばれるのが普通であるが、すべての国民にとっての「父(ポー)」であり、国王の生誕記念日は、「父の日」とされ、同じように、王妃は「母(メー)」であり、その誕生日は「母の日」ということになっている。 国王のご生母は、「ソムデット・ヤー」とも呼ばれるが、「おばあさん殿下」と言う意味である。 多くの国民に慕われる、国民みんなの「祖母」である。 すべての国民は、国王ご夫妻や、ご生母の「子(ルーク)」や「孫(ラーン)」である。 この「縦の関係」、すなわち「親子関係」は、「村長(ムラオサ)」と「村の構成員」の間にも見られる。「村長」は「ポ(ー)・ロン」とよばれ、村長を退いたあとも、この称号は一生変わることがない。 なお、村長夫人は「メー・ロン」と呼ばれることがある。「大おとうさん」、「大おかあさん」である。 (「村長」は、やや不遜な呼び方で当人の前では使わないが、「ケー(年寄り)」ということもある。) 「オー・ポー・トー」と呼ばれている自治体 の「行政執行委員会」がある。非常勤だが、役場の職員のようなものである。この委員会の長を称して、各委員はやはり「ポー」の称号を使う。推測だが、さまざまな役所の組織や議会などでも、その「長」に対して、「ポー」の敬称が使われているのではあるまいか。 言うまでもないことだが、この「親子関係」にあっては、「親」は、「子」を庇護する倫理的義務があり、一方「子」の方は、実の親に対するのと同じで、「親」を援けることが要求される。建前上の「親子関係」というのではなく、これらの親子関係というのは、無視できないことになっていて、「子」に無理むたいを強いる「親」は、「親」としての資格を問われ、敬意の対象からははずされるばかりか、時には社会的に排除されることになる。 他人様の親であっても、年齢の離れた男女に対して、「父(ポー)」、「母(メー)」の呼称が使われることもある。実の父親や母親と同じように思っているということであろう。 親と子の関係が、縦の関係であるのに対して、横の「兄弟姉妹(ピー・ノン)」関係がる。 「横の関係」とはいえ、その中には、「兄と弟」、「姉と妹」の縦関係が、ないわけではない。 同年輩の人と出会うと、どちらが年長者か不明の場合、まずは、お互いに「ピー」と呼び合うことになる。そこで、まず問題になるのが、どちらが「ピー(兄姉)」で、どちらが「ノン(弟・妹)」かということである。こんなとき、かわされる会話が、年齢や生まれ年の「干支(えと)」であり、「干支」が同じであれば、生まれ月、誕生日によって、1日でも先に生まれたほうが「ピー」の称号を得ることになる。どちらが「ピー」で、どちらが「ノン」かが、明らかになると、「ピー」のほうは、とたんに「年長者風」に、早がわりする光景に出会ったことがある。滑稽とさえ思われることがある。 「ノン」というのは、「目下のもの」という意味合いも含まれるからであろうか、商店などでは、客に対しては、かなり年下であっても、「ピー」ということが多い。「お客様は神様」という意味合いではない。 ホテルやレストランなどで、客は、ウェイトレスやボーイに対して、「ノン」を使うことが多い。年齢が、離れている場合には、失礼にはならないようである。 「ピー・ノン」関係にも、「親子関係」ほどではないにしても、「互助関係」が存在する。 レストランや食堂で会食したときなど、タイでは一般に、各自が自分の飲み食いしたものの代金だけ支払う「めいめい払い」ということは滅多にないことである。「ピー」が全額支払うか、さもなくば、「ワリカン(割り勘)」による均等払いである。年の離れた年長者に全額を支払う能力がないのであれば、年長者は同席することは適当ではないといえる。 村内の有線放送で、連絡事項などが放送されるとき、まず最初に、「(バンダー・)ポー・メー・ピー・ノーン」から始まる。「村民の皆様」というほどの意味である。 「ポー・メー」、「ピー・ノーン」が、基本的な社会の「構造(?)」のようである。 肩書きや敬称は、名簿などの書き物にだけ使われるものもあるが、口語で使われるものも多い。一般的な肩書き・敬称としては、以下のようなものがある。 ナーイ : 一般の成人男子 ナーン : 既婚の成人女子 ナーン・サーオ : 未婚の成人女子 何歳になっても、未婚であれば、「ナーン・サーオ」である。 離婚した場合も、「ナーン・サーオ」だが、死別の場合はちがうようである。 女性にだけ、既婚・未婚の区別があるのは、けしからんという意見もあるようである。 デック・チャイ : 15歳未満の男児 デック・ジン : 15歳未満の女児 男女ともに、15歳になると、身分証の携帯を義務付けられ、一人前とみなされる ようであるが、16歳未満の婚姻届けは受理されないらしい。 選挙権、飲酒・喫煙、刑法の適用など、成人と未成人のボーダー・ラインは、 それぞれに異なっているようで、このあたりは、かなりグレイ・ゾーンである。 クン : 外国人、または、それに準ずる人に対して使われることが多く、かなり格式ばった感じが しないでもない呼称である。日本語で使われる「君」と同じ由来のことばだそうである。 小生の場合、名簿に記載されたり、役所などで呼ばれるのは「クン〜」である。 「クン〜」と呼ばれるのは、仲間はずれにされたようで、好きではない。 子供たちが、面と向かって教師に使う敬称は、「クン・クルー」である。 「先生さま」の「さま」に相当するのが、「クン」である。 クン・ニン : 傍系王族の夫人、首相夫人、相当の勲位を得ている女性。 未婚・既婚関係なしに、一般人の女性の最高位の呼称であるが、厚化粧に、シルクの 高価そうなお召し物、アクセサリーもギンギラギン。男まさりで、好感のもてない女性が 多いような先入観がある。多分、ひがみ根性か偏見であろう。 王族を除いて、男性の場合は、役人など、軍の位階、または、警察官の位階 が使われることが多い。退役している人は、退役時の位階、軍や警察官の経験の ない人は、「ナーイ」がつかわれる。 一般の男性という意味だろうが、「ナーイ」 も元は、「クン・ナーイ」といって、 役人に対する敬称だった。 いまでも、上流階級の人のことを「クン・ニン、クン・ ナーイ」といって、皮肉をこめて 使われることがある。 将官を「ポン〜」といい、陸軍、および、警察では佐官、尉官をそれぞれ「パン〜」、 「ロイ〜」という。 「ポン」とは、「師団」のことで、「パン」は1000(人)で旅団に相当、 「ロイ」は100(人)ということで、それぞれの軍団の長クラスの呼称で、アユタヤ時代から の踏襲らしい。 空軍、海軍では、佐官を「ナワー〜」 、尉官を「ルア〜」という。 前首相・タクシンさんは、パン・タムルアット・トー(警察中佐) 元首相・チャワリットさんは、ポン・エーク(陸軍大将) 元首相のチュアンさんは、法曹界の出身で軍歴などないため、「ナーイ」である。 王族 : 位階・敬称は複雑で、間違いを犯して失礼になるといけないので、省略。 ドクター : 「博士号」を取得している人。 最近まで、タイの大学には、「博士課程」というものがなく、 海外留学して「博士」の肩書きを取得した人が多く、希少な肩書きである。 「末は博士か大臣か」と言っていたころの日本と同じであろうと思われる。 サーサトラチャーン : 教授 ロン・サーサトラチャーン : 副教授 (助教授ではない) 大学、短大などの数も、日本よりはるかに少なく、教授、副教授の権威は、 日本よりずっと大きいようである。 アチャーン : 師、師匠 または 先生。 「アチャーン」は、よく使われる敬称である。 サンスクリットの「阿闍梨(あじゃり)」が語源だそうだ。「先達」という意味らしい。 校長は「アチャーン・ヤイ(大アチャーン)」だし、一般の教師も、「クルー〜」と 呼ばれるほか、「アチャーン〜」と呼ばれることが多い。 結婚式や葬式の「先導役」をつとめる人も、「アチャーン」と呼ばれている。 日本で使われる、「(広義の)先生」に近い使われ方かもしれない。 モー : 医師 または 導師 (呼びかけでは、「クン・モー(先生さま)」のように使う) トゥ : 正式に受戒した僧侶 (「トゥ・チャオ」というのが丁寧な言い方である。) パ : 受戒前の見習い僧 サラー : 大工などの職人で、一人前のものをいう。「棟梁」に近い。 ナーン : 「トゥ」が還俗して一般人になった場合、敬称として名前の代わりに使われる。 「ナー・ナーン」と呼ばれている義父の弟がいるが、「ナーン」は、本名でも通称でもない。 地縁・血縁関係など、北タイで日常的に使われる呼称・敬称には、次のようなものがある。 バ〜 : 軽蔑的な使われ方だが、若い男性や子供の名に冠してつかわれる。 雄の犬、猫などに使われることが多い。「ヤツ」とか「ヤロウ」に近いかも。 イ〜 : 同じく軽蔑的な使われ方だが、若い女性や子供の名前に冠してつかわれる。 雌の犬、猫などに使われることが多い。「スケ」とか「アマ」に近いかも。 ウイ〜 : 血縁関係のあるなしにかかわらず、高齢の男女に対して使われる。 一般には、孫のいる人が「ウイ」と呼ばれる。 孫は、祖父、祖母に「ウイ」を使う。なかには、30代で「ウイ」と呼ばれる人も。 祖父を「ポ・ロン」、祖母を「メ・ロン」ということもある。 血縁関係にある、孫の立場からの呼称であり、「村長」、「村長夫人」と同じ。 アイ〜 : 未婚の若い男性に対して使われる。 「お兄さん」というほどの意味。 また、若い夫婦のあいだで、妻が夫を呼ぶときにも使われることがある。 ルン〜 : 血縁のあるなしにかかわらず、中年(「アイ」と「ウイ」の中間)の男性に使う。 パー〜 : 同じく、中年の女性に使う。 「おばさん」というほどの意味。 血縁関係のあるものに使われる呼称に、以下のようなものがある。 ルン〜 : 父親の兄 (血縁関係がない場合でも、敬意を表してこう呼ばれることがある) パー〜 : 母親の姉 (血縁関係がない場合でも、こう呼ばれるのは「ルン」と同じ) ア〜 : 父親の弟・妹 ナ〜 : 母親の弟・妹 クイ : 父母の姉妹の男性配偶者。「婿どの」。「アー・クイ」、「ナー・クイ」 (サ)パイ : 父母の兄弟の女性配偶者。「嫁さん」。「アー・(サ)パイ」、「ナー・(サ)パイ」 小生は、子供たちなどからは「ナー・クイ」と呼ばれるているが、年長者などからは、「ノリ」と呼び捨てにされたり、ただ「クイ」とだけ呼ばれることも多い。 面と向かって、呼び捨てにするということは、よほど親しい、「ピー・ノーン・カン(兄弟)」関係か「ヤート・カン」関係にある人以外はありえない。 まれにではあるが、「ルン・ノリ」などと呼ばれることもあるが、心中快々である。 外出先などでは、「おじさん」という意味で、「ルン」と呼ばれることもあるが、身内の間では、 終生、義理の関係による呼称「クイ」はついてまわり、なんとなく寂しい思いのまま一生を終わることになる。 もしかすると、娘に子供ができると、「ウイ・ノリ」と呼んでもらえるようになるかもしれない。 それまで、水臭い義理の関係の呼称で呼ばれるのを我慢するしかない。 純タイ語には「義理」という単語はないが、タイ人というのは、なかなか「義理」を重要視している民族のようである。タイ人の義理・人情については、また、別のところに書いておくつもりでいる。 タイの呼称や呼称に使われる肩書きなどは、まだまだ、たくさんあると思えるが、ちょっと、思い出したものを書き出しただけなので、書き尽くしてはいないものと思われる。 2006年09月22日 |