タイ人の刺青の習慣
     --- 霊験あらたかな「お守り」 ---
obakekinoko01 腹黒(プン・ダム)族」
 タイ族を大きく分けると、「大タイ族」と「小タイ族」に分ける分類方法がある。平均的な体格によって、そのように分けられたのだろう。

 「大タイ族」は、おもに中国・雲南省のシプソン・パンナーから、ミャンマー・シャン州にかけて居住して、中国では、「 傣族 」 とよばれている民族である。また、一部は、北タイにも住んでいて、「ギオウ」、「タイ・ヤイ」などと呼ばれている。

 これに対して、タイやラオスに住んでいるタイ人は「小タイ族(タイ・ノーイ)」と呼ばれることがある。
 「小タイ族」の中でも、北タイやラオス北部のタイ人は、かつて、中部タイのタイ人から「腹黒(プン・ダム)族」と呼ばれていたことがある。
 「プン」とは、このあたりの言葉で、「おなか」のことである。「腹黒」といっても、比喩的な意味合いで「腹黒い」というのではない。彼らには、お腹あたりが真っ黒に見えるほど、「刺青」をする習慣があったからである。

 チェンライあたりのタイ人の大半は、この「腹黒族」が、大多数をしめる。
中年以上の男性の多くが、胸や背中や腕に刺青を入れている。

 最近の若者たちの間で流行している「タトゥー」は、「グリーン」、「ブルー」、「レッド」など、実に色鮮やかで、ちょっとしたアクセサリーとしては、なかなか、格好いいものであるが、青黒い「墨色」以外の色が、使われるようになったのは、最近のことだ。「腹黒族」の刺青に、「墨色」以外が使われているのはみたことがない。

 われら 「大和民族」の祖先たちにも、その昔、刺青の習慣があったらしい。
 「魏志倭人伝」に、『男子は大小となく、ことごとく黥面(げいめん)文身す・・・』とあり、弥生時代頃の男性は、大人も子供も顔にまで刺青をしていたらしい。
アイヌや沖縄の女性の間にも、口のまわりなどに「刺青」をしているのをテレビか何かで見たことがある。

 「刺青」は、もともとは「モンゴロイド系」の種族の習慣らしく、中南米のネイティブにもその習慣があるらしいが、西欧で「タトゥー」が広まるのは、ずっと後のことだと、何かの本に書いてあった。
 「漢民族」の間でも、古くから「刺青」は、辺境の野蛮な種族の風習ということになっており、「罪人」の体刑として取り入れられていたらしい。もしかすると、「漢民族」の文化の「みなもと」は、「モンゴロイド」系の文化ではないのかもしれない。

 日本でも、江戸時代、罪人の腕に、罪の大きさや再犯の証として「刺青」がいれられた。「明」、「清」あたりの物まねにちがいない。「刺青者」すなわち「前科者」である。その後も、「刺青」をしているものは、「やくざ者」と決まっていて、かたぎの人間で「刺青」ということはまずなかった。
「鯉の滝登り」、「昇り竜」、「緋牡丹」、「観音様」など、さまざまな図柄で、勇気を誇示した。勇気のないものは、完成しないうちに、痛さに耐えかねて、やめてしまい、「半チク」 呼ばわりされたりした。

 「刺青」というのは、もともと「呪術的」な目的ではじめられたものらしいが、「腹黒族」の刺青も、「呪術的」な意味を持っている。「悪霊(ピー)」や「敵」から身を護るためである。 ( 「 鉄砲玉 」 よけとか 「 刃物 」 よけなどもあるらしい。)
 霊能者(モー・ドゥー)がよく使う図柄とか、呪文などが彫られていることが多い。時には、上の写真の最下段のように、ちょっと「おちゃめ」な絵柄なども。(獣姦の絵で、女性を魅するテーマなのだそうだが)
 我が家にしばしば出入りしている40代半ばの男性の背中である。
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 この図柄は、「二つ尾のヤモリ(チンチョーク)」と魔よけの護符。
 両生類や爬虫類というのは、すぐれた再生能力を持っている動物で、天敵に襲われたりして尾が切れた場合でも、再生する。何らかの理由で、再生した部分が、二股に分かれてしまったもので、たまにみかけることがあるが、縁起のいいものとして珍重されていて、魔よけのお守りになるらしい。

 これは、「大蛇に巻きつかれた娘」など。
 女運に恵まれるようにとの願いをこめて彫ったものらしいが、果たして効果のほどは・・・。
 上下とも、かみさんの従姉妹たちの婿さんのものである。ふたりとも、50才前後である。胸にも、腹にも刺青を入れているのだが、遠慮して撮影はしなかった。

 今では、腿からお腹まで「刺青」というのは、高齢者の中に、まれに見られる程度である。
30代以下の人たちは、「刺青」をまったくしていない者の方が多数派で、「精霊信仰」そのものが廃れていくにつれ、このような意味での「刺青」というのは、なくなってしまうにちがいない。

(最近聞いた話など)
 「タトゥー」をしている若者は、まともなところでは、就職を断られる!
 若者の間で、アクセサリーのような「タトゥー」 が、流行っているようだが、社会における評価は、かなり悪いらしい。「麻薬」、「暴走族(ケン)」、「やくざ」などと係わり合いがあるのではと、疑われて、たいていのところで断られるのだそうだ。「刺青」と「やくざ」は、少なからず、日本の「やくざ映画」の影響もあるのかもしれない。妙齢の女性にも見られるので、西欧カブレなのかもしれない。

 日本では、「 遠山奉行 」、「 緋牡丹お龍 」 など、かずかずの「ホリモノ」でも有名なドラマがあったが、遠いむかし、学校出たてのころ、「遠山金四郎」の子孫という先輩に懇意にしてもらったことがあった。
 彼は、花形システム・エンジニアで、彼の話では、遠山一族の故地は、長野県の南部、静岡県との県境に近い「遠山郷」なのだそうである。一族直系の男子の名前には、かならず 「 景(かげ) 」 の字がついているのだそうで、彼の名前にも、この1字が入っていた。
ちょっとヤクザっぽいところのある性格は、さすが「血」なのだろうなと感心したことがある。
 30年以上、ご無沙汰しているが、ご健在であろうか。
ちなみに、彼の背中には、「サクラ吹雪」 は、なかったようである。


tatoo04.jpg(追記)
 最近の若者には珍しい見事な「モンモン」に出会い、写真を撮らせてもらいました。
 20代中ごろの青年ですが、数年前、チェンマイで彫ってもらったのだそうです。おそらく、そのころは、「ケン・サムライ」に所属していて、ブンブン鳴らしていたにちがいありません。
 からだの前面の絵柄は、いくらか当世風ではありますが、「虎」、「獅子」、「猛牛」のオーソドックスなもので、背面には、呪文などさまざまな護符が彫られていますが、いずれも伝統にのっとったもののようです。

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