酒も魔薬
   2005/06/22


 一昨日、「ルン・ティット」が亡くなった。初老の百姓である。
 「ルン・ティット」は、いつの頃からか、四六時中、酒びたりの生活を送ってきた。山の畑に仕事に出たまま帰宅せず、翌朝、死体でみつかったらしい。
 男女を問わず、このあたりには、彼のような「酒」びたりの生活を送っている「アルコール依存症」が10人以上いる。人口わずか5〜600人のこの村で、「アルコール依存症」がもとで亡くなった人は、この20年間に、10人は下らない。
 拙稿 『 田舎のお葬式 』 で紹介した「ウイ・ミー」もそうだった。このあたりでは、酒飲みの末路は、バイクなどの自損事故による事故死か、「肝硬変」ということになっている。「ルン・ラット」もその一人。今家で療養中だが、経過は思わしくない。「酒」で憂さを紛らわすにしては、多すぎるように思える。
(2008年追記: 「ルン・ラット」は、2006年8月、2度目の入院で、帰らぬ人となってしまいました。 その後、町長夫人も依存症が原因で半狂乱の末、亡くなってしまいました。)

 ここから先は、さしたる根拠のない憶測まじりの話である。
 覚せい剤を常用している人は、目つき、肌の色のどす黒さ、躁鬱傾向などで、ほぼ、100%見分けることができると思っている。「薬」が効いているときは、実に陽気で、愛想もいいが、切れているときの目は、座っていて気味が悪い。そんな人には、けっして近づかないように肝に銘じている。義父の話だと、薬が切れかかると激しい「頭痛」がするそうだ。そんな時は、すぐに「頭痛薬」を服用するらしい。以前、微量ながらも「覚せい剤」入りの「頭痛薬(ブアットハイ)」が公然と売られていて、よく売れたらしいが、今はもう、みられなくなった。

 ずっと昔のことだが、このあたりの多くの男性は、「木こり人足」として雇われ、労働がきついだけに結構な現金を手にすることができたらしい。アヘンやヘロインの産地に近いこともあって、木こり人足の半数以上は、麻薬中毒者だったらしい。麻薬で賃金が支払われているのも同然だったかもしれない。
 その伝統(?)が今でも生きているのか、チェンライは、麻薬で警察のお世話になる人が、ずいぶん多い。身内でも、「義父」と「チャッキー」が、それぞれ、3ヶ月の刑に服してきた。チェンライの新設の刑務所には、麻薬事犯で捕まった受刑者が、何千人もいるのだそうだ。

 ところで麻薬中毒者の「禁断症状」であるが、一般には日本のマスコミなどで取りざたされるほど、目に付くものではない。このあたりでは、彼ら麻薬中毒者が、殺人事件や傷害事件など起こしたということは、あまり聞いたことがない。思うほどには、他人には迷惑をかけることはないようだ。
 また、「禁断症状」のでるような重症の中毒者でも、いつのまにか、「薬」の世話にならなくてもよくなってしまうものも、かなりいるようだ。「施設」などに入らなくても、その気になりさえすれば、止められるものらしい。ただ、よほどの「アルコール過敏症」でもないかぎり、「薬」から「酒」への乗換えで、卒業していく人が多いようで、政府も一時、麻薬対策の一環として、「焼酎」の家庭内酒造を認めたくらいである。
 ところが、「アルコール依存症」というのは、なかなか卒業が難しいらしい。合法的な飲み物であるということも理由のひとつかもしれないが、「下戸」としては、その辺のところはよくわからない。
 重症の「依存症」の場合、まちがいなくからだを壊し、医者の世話になることになる。40度の「焼酎」常用者の場合、末は肝硬変はあたりまえのことになる。
 「晩酌」程度ですましているうちはいいが、度をこすと、覚せい剤などの麻薬以上に「魔薬」であることは間違いない。「飲んだら乗るな」は、タイでも交通安全の標語になっており、日本の道交法ほどには厳しくはないとはいうものの、酔払い運転も取り締まられるようになった。
                                 2005/06/22

(以下 追記 2013/07/17)

 古来、多くの先人が、酒の功罪については、書き物に残してきていると思うが、たまたま読んでいた江戸時代の教育者・貝原益軒著『和俗童子訓(1740)・岩波文庫』に「酒を多く呑まぬ習慣をつけよ」という題で、酒について書かれていたので、蛇足のような気がしないでもなかったが、一部編輯しながら以下に転載しておくことにした。


酒を多く呑まぬ習慣をつけよ
 子孫(こまご)、幼(いちけ)なき時より、かたくいましめて、酒を多くのましむべからず。のみならへば、下戸(げこ)も上戸(じょうご)となりて、後年にいたりては、いよいよ多くのみ、ほしいままになりやすし。くせとなりては、一生あらたまらず。(中略)酒をむさぼる者は、人のよそ目も見ぐるしく、威儀をうしなひ、口のあやまり、身のあやまりありて、徳行をそこなひ、時日(ひま)をついやし、財宝をうしなひ、名をけがし、家をやぶり、身をほろぼすも、多くは酒の失よりおこる。又、酒を好む人は、必ず血気をやぶり、脾胃(ひい)をそこなひ、疾を生じて、命みじかし。故に長命なる人、多くは下戸なり。たとひ、生まれつきて酒をこのむとも、わかき時よりつつしみて、多く飲むべからず。凡そ上戸の過湿は甚だ多し。酔(よい)に入りては、謹厚(ツツシミフカ)なる人も狂人となり、云(いう)まじき事を云(いい)、なすまじき事をなし、ことばすくなき者も、言(ことば)多くなる。いましむべし。