「稲(イネ)」について

 『標準原色図鑑全集 13 有用植物(保育社刊・平成3年版)』 から一部割愛し転載しました。
 なお、筆者の付記した部分は、空色で表記してあります。


イ ネ  (イネ科)
学名  : Oryza sativa LINN .

来歴  : イネは最も古い作物の1つで、その栽培はすでに中国ではBC3000年(最近の研究によると、さらにさかのぼり、BC4000年代以前らしい。)、インドではBC3800年代に行われていたという。栽培イネの起源については、細胞遺伝学的にみて、野生型の O.sativa f.spontanea とする説が有力である。

 地理的起源についても明らかではなく、栽培の発祥地をアジア大陸東南部の熱帯および亜熱帯地域とする説のほか、インド説、中国説、アフリカ説などがある。(最近の研究によると、野生イネが見られる、長江中流域から東南アジア北部の亜熱帯地方説が有力視されているようだ。)

 いずれにしても、野生イネの栽培化がはじめられた「イネ」は、世界各地に広く伝播する間に亜種を分科し、さらに数多くの中間品種を分科したと考えられる。日本への伝来についても説が多いが、中でもBC1世紀に中国南部および江南地方より北九州に伝播した説が妥当とされている。(最近の考古学研究成果により、縄文土器に残されていた「籾(もみ)」の痕跡から、縄文時代末期には、すでに日本で「イネ」の栽培が行われていたものと推定されている。)

形態  : イネは自家受粉植物(風媒花)で、開花受精後、子房は発達して穎(えい)果すなわち玄米となる。穎果は種皮(籾殻)、胚、胚乳の3部よりなる。胚乳の表皮には脂肪と蛋白質だ、内部はでんぷんが充満し、その性質により、もち(糯)・うるち(粳)に分けられる。うるちは成熟乾燥すると半透明になるが、もちは不透明な乳白色となり、俗に「はぜる」という。

種子発芽最適温度は30〜35℃である。

は、種子根と冠根よりなる。種子根は1本で、支根を出した後に枯死する。冠根は不定根で、主桿(かん)や分蘖(ぶんけつ)桿の下位より発生する繊維根である。(種子根は枯死して冠根が発生するため、苗代からの移植にあたってかなり乱暴な取り扱いを受けても、苗は枯れることはない。)

を、桿(かん)とよび、節と中空の節間よりなり、節間は普通13〜20節。節より葉・分けつ・冠根を生じる。分けつ節より芽が伸長し、新しい桿すなわち1次分けつとなるが、これより2次・3次分けつを出す。桿に稔実穂をつけるか否かで、有効分けつ、無効分けつと区別する。(2次・3次分けつが有効分けつになるかどうかは、品種や生育環境によって異なる。雨期作のタイのイネは、4次分けつでも有効分けつになることがある。)

 (余談1) 日本のイネは、「稲藁」を「藁細工」などに加工して利用される。その場合、当然、「桿(かん)」の強度が問題になる。場合によっては、「藁」を特別に利用するために、収穫前のイネを刈り取ることもある。
 ところが、タイのイネの桿(かん)は、日本のイネとは、比較にならないほど脆く、「藁細工」に利用することは出来ない。タイには、「わら縄」などというものはない。多くの場合、「わら縄」の代わりに、「竹」や「つる性の木」が使われる。「ラタン(籐)」細工が発達したのも、そうした事情によるものかもしれない。
 (余談2) 桿の先端の最終節を俗に「みご」というが、かつて、タバコの「煙管(きせる)」の掃除などに使われた。煙管の竹の管の部分を「ラオ」というが、「ラオス」の「ラオ」である。


 は、葉鞘・葉身・葉舌・葉耳よりなる。葉身は細長く扁平・平行脈を持ち 同化作用の主体となる。(「尿素」肥料など、窒素分を十分に施肥し、葉の育成を促進することが、高収量につながる。)

 は、複総状花序(1次枝梗から2次枝梗が派生する)で桿の頂部に生じ、小穂は短い小穂梗で穂梗に着生し、その数は品種や生育環境によりことなり60〜250粒。(現在栽培されているタイのイネでは、400粒に達することもある。)
開花は11〜12時ごろが最盛で、穂の上部より開花し始める。短日植物(日照時間が短くなると開花が促進される植物)であり、7〜9月の間に出穂開花するが、品種により、早生(わせ)・中生・晩生(おくて)に分けられる。(日本などの温帯地方と比べて、タイなど低緯度地方の年間を通じての日照時間の較差は小さく、日本のイネを導入した場合、品種にもよるが、播種後30日で開花出穂などということもある。一般には、桿が十分成育しないうちに、穂が出てしまうことが多く、タイのインディカ米に比べると、単位面積あたりの収量はかなり少なめである。)

適地  : イネは熱帯性作物であるが、現在、栽培は北は温帯北部(北緯50度付近)、南は南緯30〜40度まで広がっている。
 日本イネの栽培は平均気温が苗代期間で13〜23度、生育期間で24〜28度が最適で、日照・降雨の多いことが必要である。収量は高温の続く低緯度よりも温帯の方が多い。日本の米をタイで作ることの困難さが理解できます。
 土壌条件は一般に保水力が強く、耕土の深い壌土〜植壌土がよい。

分類・品種  : 栽培イネには、日本型とインド型の2大亜種があり、日本型は、日本・中国北部・朝鮮に、インド型は、中国南部・台湾・インド・ジャワ・タイなど東南アジア一帯 に分布し、中国中部・北アメリカ・ブラジル などには、両型が混在する。
交雑親和性や草丈などにより、さらに種々の分類法があり、短粒種の日本型をA型、中粒種のジャワ種をB型、長粒種のインド型をC型として分類する方法もある。
 また形態的特性から、穂数の多少により穂数型・中間型・穂重型に、気象とくに日長・感光性・感温性の大小によっても区別する。その他、土壌・不良環境に対する抵抗性により、各種の品種分類がなされている。

栽培  : 一般に種子(種もみ)を苗代に播種して30〜50日ほど育苗し、本田(水田)に移植(田植え)して育成するが、栽培法は品種・地域・気象など各種条件の差によって多種多様の方式がとられている。この方法のほかに、うね立てまたは培土して栽培する方法、種もみを本田に直播する方法、栽培時期を移動する早期・晩期栽培、年2回栽培する2期作などの特殊栽培法がある。最近では田植え機はじめ機械化が進み省力化が図られている。


日本の稲作の歴史  : 日本の稲作は弥生式時代(現在では、縄文時代末期には、稲作が行われていた形跡があるらしいことがわかってきた)に始まり、最初は直播で穂をつみとり、手で束ねて収穫していた。奈良時代に移植法がとりいれられ、田植え・稲刈りは平安時代に一般化した。熟期・品質・除草・施肥・裏作の作付けなどの技術もこの時代に発達した。耕耘作業に鍬(くわ)が用いられ、病虫害に関心がもたれたのは江戸時代になってからである。明治時代以後になり、科学的な品種改良が著しく進歩した。