木挽き

--- ( こびき ) ---



hokusai.jpg     木挽きとは

 日本橋に「木挽(こびき)町」として町名に残ってはいるものの、いまや、「木挽き」の意味を知らない人の方が多いのではないかと思われる。
平凡社の百科事典に次のような記載がある。
“「おがひき(大鋸挽き)」ともいう。大鋸(おが)を用いて製材にあたる職人の称。(中略)機械製材の一般化とともに、旧来の木挽き職人はほとんどその影をひそめるにいたった。”
 そして、左の北斎の『富嶽三十六景、遠江山中』のモノクロの写真が掲載されている。
 21世紀になった今でも、北タイでは、この「おがひき(大鋸挽き)」が時折、行われていて、生きた歴史資料のような気がして、紹介することにした。

 タイでは、山野の樹木を伐採して製材することは、基本的には、禁止されている。とりわけ、「マイ・サック(チーク)」などの高級用材用の樹木は、厳しく取り締まられている。近年、規制がいくらか緩和されて、申請をすると、用途によっては、許可されることもあるらしいが・・・。
 したがって、材木商で売られている木材のすべてが輸入材である。
 高価で取引されるため、「盗伐」を企業としている「やから」もいるらしい。去年摘発された、「チェンセン湖」に沈められていた「チーク」の原木は、なんと、数億バーツ分もあったらしく、政治家が絡んでいたらしい。

 家を建てるのに、材木はなくてはならないものだが、庶民には、高価で木材を買うことができないため、「盗伐」することになる。
 盗伐用に使用される鋸のほとんどが、小型エンジンのついた「チェンソー」である。「チェンソー」で「賃挽き」する業者もいるが、発見されると「没収」だけではすまず、「刑務所行き」ということもあるらしく、「賃挽き料」はとても高い。

 前置きが長くなったが、そんなわけで、庶民は昔ながらの「大のこぎり」を持ち出して、自分たちで製材することになる。もちろん、これとて合法的であるというわけではない。
 我が家で、2年前に、台所の改築をしたとき、わずかばかりの木ということもあり、チャムトーンの木を切り出してきて、昔ながらの製材法で、板を作った。そのときに、「北斎」の絵さながらの光景に出くわしたというわけである。
木挽き01
  この鋸は「ルア・ヤイ(大鋸)」といわれるものだが、「ルア・タン(立鋸)」または、「ルア・チャケー(鰐鋸)」とも呼ぶらしい。長さは、2mあまり、歯の部分だけでも、2mはある。鋸の歯は、手元の部分の巾が、約30cm、先の部分で10cmくらい。

「北斎」の絵では、一人で挽いているようだが、上下2人で挽く。上に立つ者を「サラー(棟梁:ビルマ語)」、下の者を「タ・ペー」といい、上のものは、まっすぐに切れるように調節しているらしい。

木挽き02  上に立つ「サラー」側には、取っ手がついているが、先の方にはなく、木の枝などをロープで絡めて、臨時の取っ手にして使う。長い板や柱を挽くときに、途中から鋸を差し込むためには、両端に固定式の取っ手がついていたのでは、不便なためと思われる。
 鋸というのは、普通は、挽くタイミングで切れるものと、押すタイミングで切れるものがある。日本の鋸は、「ひく」タイプであるが、世界的には、「押す」タイプが圧倒的に多いようだ。タイでも、普通の鋸は、「ファラン(洋物)」というくらいで、「押す」タイプしかないが、「大鋸」のように、2人で挽く鋸は「両用」であることが多い。

 もう一度、最初の「北斎」の絵をご覧いただきたい。左下の男は、鋸の「目立て」をしているらしい。また、鋸の下で立って作業している男は、上の「木挽き」の鋸が、重くなって挽きにくくならないように、切ったところに「つめ」をはさんでいるのかも・・・。
 鋸を使う人だったら、ごく当たり前のことだが、タイでも、鋸の「目立て」をする。
 「目立て」用の鑢(やすり)で、ギコギコやっているのを見て、なぜか、ほっとする。
 鋸の歯というのは、「おがくず」を、うまい具合に吐き出すために、歯の方向と直角の方向に、交互に「そり返し」がつけてあり、これを「あさり」という。日本では、「あさり」出し専用の小型のかなづちを使うが、こちらでは、ゲージのついた梃(テコ)状の道具を使い、かなづちは使わないようだ。

 すでに、鋸も使い捨ての時代になってしまい、このような道具や「言葉」も、「死語」になってしまったのかもしれないが、タイで昔ながらのものに出会い、心休まる思いがした。ずっと昔、半世紀も前のことだが、祖父が、冬の陽だまりで「目立て」や「あさり出し」をしていたのを思い出す。

 ちなみに、「北斎」の絵、「遠江山中」というのは、わが故郷の近くのことである。

木挽き03
(追記) 現代の木挽き
先日、「この木何の木」の、「マイ・サンサー」が切り倒された。
枯れて乾燥したこの木の板材は、家具用に高価で取引されるのだそうだ。
現代の木挽き職人が、発電機を使ってチェンソーで製材している。
幅最大1.5m、長さ、3mほどの板が数枚取れるのだが、厚さ10cmあまりの板を、全部切り終わるのに、1週間ほど要するらしく、泊りがけの作業である。
 道端に立っていた枯れ木とはいえ、これもまた、タイでは不法伐採であることはいうまでもない。